6.努力のいらない教材


聞くだけでいい・・・訳がない!


1.赤ん坊のように外国語を習得?
 
 これまで、中学の教科書はとても優れた教材であるということを何度か述べさせてもらいまし 
た。中学のみならず高校の教科書も実際に内容を検討してみると、とても優れた体系をもって
いることがわかります。

 しかし、日本の英語教育は役に立たないという短絡的な批判に便乗するかのように、辞書を 
引いたり、文法を理解したりといったことなしに、「聞いてさえいれば、大した努力なしに英語が 
話せるようになる」かのような、多くの教材が宣伝されています。学生時代、とてもつまらなく感 
じた(あるいは今感じている)英語の教科書等よりも、これらの教材の宣伝に心引かれている 
人もいるでしょう。

 これらの教材は、多くの場合、その宣伝の根拠を、「赤ん坊はその言語が使われる環境にお
かれることによって自然にそれを修得する」ところに求めています。赤ん坊の母国語修得過程 
と大人の外国語修得過程の違いについては、私はまだ体系的には勉強していないので、どこ
まで明らかになっているかははっきりとは知りません。しかし、少なくとも自分自身の経験およ
び周囲の観察から、成人した後、単語の意味も文法も知らない言語を体系的に学ぶことなくい
くら聞いても、それが理解できるようになるとは私には思えません。


2.自分自身の経験と観察から・・・

 まず自分の経験ですが、私は今自分の車を運転しているときには英語のリスニングCDを繰 
り返し聞いています。ラジオの英会話番組のある時間帯に車を運転しているとそれを聞くよう 
にしています。音楽も洋楽をナビに沢山いれており、車の中で聞くのは日本語より英語の方が
はるかに多いです。 

「単語の意味や使い方がわかった英語」を繰り返し聞いていると、そのうちその単語が自分の
ものになる、つまり日本語を介さなくても意味が分かるようになりまず。英語→日本語→意味だ
ったのが、やがて英語→意味になります。
しかし、「意味の分からない単語だらけの英語」をいくら聴いていても全然自分のものにはなり
ません。

 そしてもう一つは日本で生活しておられる外国人の方々の日本語能力です。日本で長年生 
活している人であっても、文字が多く、文法も異なる「日本語という外国語」を十分には修得で 
きずにいるではないですか。実際、体系的に学ぶことなく
「日本語が使われる環境におかれることによって、日本語を自然に修得した外国人」
を私は知りません。


3.なんなら実験してみましょう!

 あるいはまた、「チョヌンイルボンサラムイムニダ」と何回聞けば、あるいは口にすれば突然 
意味が分かるようになるでしょうか。私は生物の教師なので、生物の教師らしく実験してみまし 
ょう。皆さん、いまから「チョヌンイルボンサラムイムニダ」と意味が分かるまで繰り返してみてく 
ださい。準備はいいですか?はい、では実験開始です。

「チョヌンイルボンサラムイムニダ、チョヌンイルボンサラムイムニダ、チョヌン・・・」

さて、何回目に意味が分かりましたか?
 これは、韓国語で「私は日本人です」という意味なのですが、「チョ」は「私」、「ヌン」は「は」、 
「イルボン」は「日本」、「サラム」は「人」、「イムニダ」は「です」、ということを教えてもらわなけれ
ば永久に意味は分かりません。日本語と文法的に酷似しており、時には発音が似ている単語 
の存在する韓国語ですらそうなのです。言語間の距離が大きい英語をただ聞くだけで修得で 
きる等ということはありえないと私は思います。

 さらにこれがギリシャ語だったらどうでしょうか。もし、数ヶ月聞き流すだけで外国語が習得で 
きるのであれば、私の勤務校のお昼の放送を1学期は英語、2学期は韓国語、3学期はギリシ 
ャ語にすれば1年後には生徒も職員も3ヶ国語がペラペラ!とならなければいけないのです 
が・・・。


4.挨拶表現と決まり文句が限度

 これらの教材に共通していえることは、「努力しなくてもいい」ということを売り物にしていると 
いうことです。「英会話」というとなんとなくカッコよくて楽しそうなイメージがあります。実際様々
な国の人と話をするのはとても楽しいです。しかし、どんなことでもカッコよく見えたり楽しめる
ところまでいく過程は大変なものです。

 これらの教材や英会話スクールの宣伝を見ていると、英語の習得は
「楽しく、たいした努力無しでできる」
ようなイメージを持ってしまいますが、実際は英語の習得も間違いなく
「苦しく、相当の努力を しないとできない」
ものです。

 外国語を体系的に学ぶことなく、努力無しに単に聞くだけで修得できるのは、せいぜい挨拶 
表現と決まり文句が限度で、それ以上は不可能ではないでしょうか。




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